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福岡高等裁判所 昭和42年(う)709号 判決 1968年2月03日

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡地方裁判所に差し戻す。

理由

弁護人広瀬哲夫が陳述した控訴趣意は、記録に編綴の同弁護人提出の控訴趣意書及び控訴趣旨補充書に記載のとおりであるから、これを引用する。

弁護人の控訴趣意第一点(訴訟手続の法令違反)について。

記録によよれば、本件は当初暴行、脅迫被告事件として福岡簡易裁判所に起訴されたが、同裁判所はその第二回公判期日において本件を恐喝罪に該当する疑があるとして裁判所法第三三条、刑事訴訟法第三三二条により福岡地方裁判所に移送したものであること、まさに所論のとおりである。

しかしながら、簡易裁判所の事物管轄に属する刑事事件が簡易裁判所に起訴された後、同裁判所において前記のように事件が簡易裁判所の事物管轄に属さない犯罪に該当する疑を生じた場合においても、同裁判所は刑事訴訟法第三三二条により事件を管轄地方裁判所に移送するを妨げないと解すべきである(昭和二八年三月二〇日最高裁判所第二小法廷判決参照)から、福岡簡易裁判所が暴行、脅迫の訴因につき実体判決をなすとか、若しくは管轄違の判決を言渡すことなく、本件を管轄地方裁判所である福岡地方裁判所に移送したことをもって前示法条の解釈を誤ったものとはいえず、これに従って審判した原判決には所論のような訴訟手続に法令の違反があったものとなすことはできない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第二点(審理不尽、判断遺脱乃至訴訟手続の法令違反)について。

記録に徴するに、原審第二回公判期日において、検察官から暴行、脅迫の訴因に対し恐喝の訴因を予備的に追加の請求がなされ、原審は右請求を許可したこと、しかるに原判決においては主たる訴因である暴行、脅迫の訴因についてはなんらの判断も示されることなく、ただちに予備的訴因である恐喝につき有罪が認定されていることが明らかである。

しかして、訴因の予備的追加においては、検察官は主たる訴因の在在が認定され得ない場合に、予備的に追加された訴因の認定を求めるものであるから、予備的に訴因が追加された場合は、択一的追加の場合と異り、裁判所は判断をなすに当りその順序に拘束されるものというべきである。もっとも、かかる場合においても、主たる訴因の有罪が認められない関係にあって(通例の予備的追加の場合)予備的訴因につき有罪を認定したときは、主たる訴因は当然排斥されたことになるから、かならずしも主たる訴因に対する判断を明示することを要しない(昭和二九年三月二三日最高裁判所第三小法廷決定参照)といえるけれども、このことはあくまでも主たる訴因につき有罪の認定ができない場合に限られることであり、右と事情が異り主たる訴因につき有罪の認定ができる場合においては、先ずこれについて判断することを要するのであって、予備的訴因について判断することなく、主たる訴因について有罪の判決を言渡すべきことは、前叙の予備的訴因追加の性格上当然の事理に属するものといわなければならない。

これを本件についてみるに、原審は予備的訴因である恐喝について有罪を認定したこと前示のとおりであるところ、原審がその罪となるべき事実として認定した事実中には、被告人が井上義隆から盗みの疑いをかけられたことに立腹し同人に対して暴行、脅迫を加えたとの主たる訴因につき有罪の認定ができる事実が含まれていることは判文上明らかなところである。してみれば、原審は当然まず主たる訴因である暴行、脅迫につき有罪の認定をなすべく、予備的訴因について判断する余地はなかったものといわざるを得ない。

もっとも、本件は検察官において恐喝の訴因について判断を求めようとするならば、右のような訴因の予備的追加の方法によらずに、暴行、脅迫の訴因を恐喝の訴因に変更すべき事案と解せられるが、原審において右のような訴因の変更がなされたものと解する余地はない。

従って、原審が主たる訴因である暴行、脅迫の訴因につきなんら判断を示すことなく、ただちに予備的訴因である恐喝につき有罪を認定したことは、まさに審判の請求を受けた事件について判決をしなかった違法があるものというべきであるから、原判決はとうてい破棄を免れない。論旨は理由がある。

そこで刑事訴訟法第三九七条第一項により、弁護人の事実誤認の論旨についての判断を省略し、原判決を破棄し、同法第四〇〇条本文に従い本件を原裁判所に差し戻すこととする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡林次郎 裁判官 山本茂 生田謙二)

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